銀座コットンクラブ通信2109-1


猛暑が一段落して参りました。皆様にはお変わりごございませんでしょうか?
手に汗握って応援したオリンピックの興奮に続き、パラリンピックでたくさんの元気を頂いている毎日です。


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9月の営業につきまして
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■9月13日までの営業は
18時から20時までとさせて頂きます。
月曜日はお休みさせて頂きます。

※20時以降の御来店のお客様は
姉妹店のラルーナ プレジールをご案内させていただきます。
コットンクラブの女の子達もそちらで営業させていただきます。

■お飲み物につきましては
ノンアルコール(スパークリングワイン 赤ワイン 白ワイン等低価格)をご用意して皆様の御来店をお待ちしております。

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※状況の変化があった場合には更なる変更がありえますので、銀座コットンクラブのホームページで逐次お知らせ申し上げます。

https://ginza-cottonclub.jp/

※ホームページトップにございます電話番号をクリックして頂くとスマートフォンから直接お店に電話がつながります。ご予約の際にお使いください。

引き続き銀座コットンクラブではお客様のご健康を祈念し、安全安心でクリーンな店舗運営を実施して参ります。
多少のご不便をお掛け致しますが、宜しくお願い申し上げます、


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ママ瑶子コーナー
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パラリンピックも始まり、閉会式までどうか無事行われてほしいと願ってる今日この頃です。
オリンピックスタジアムでの競技を見てる時、無観客なのに、客席に観客がいっぱいに入ってるように見えますよね。
設計者の隈研吾さんが、建設前にテレビで設計図を公開されてて、そこには観客席のシートの色がバラバラに配列されていました。
普通は青一色に統一されてたりしますよね。
レポーターが隈研吾さんに「なぜシートの色をバラバラになさってるんですか?」
と尋ねたら隈研吾さんは「観客が入ってない時、一色だと寒々しいので、観客がいない時でも、観客がいっぱいに入って賑わってるようにしたかった。」とおっしゃってました。
その時は、コロナが発生する前だし、もちろんオリンピックが無観客になるなんて、想像も出来なかった時だったから、今思うと、本当にびっくりしました。
隈研吾さん、って予知能力があるのかな。

お陰で、選手の皆様も、テレビやネットで観戦してる方々も、寒々しいオリンピック、パラリンピックではなく、有観客の時とあまり違和感無く観戦出来てますよね。
隈研吾さん、すごい♪♪♪
コットンクラブも早く、客席が満席になる日が来ますように(^O^)

ママ河野瑶子(ようこ)
携帯 090-3340-1953


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銀座界隈散歩道
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オリンピックとパラリンピック。
心で日の丸の小旗を振りながらテレビのリモコンが手放せない日々でございます。

オリンピックの閉会式では日本各地の踊りが紹介されました。あ、これはもしかして?の期待通り、しんがりは東京音頭でしたね。
この東京音頭は伝え聞いた話によりますと、大正12年に起きた関東大震災後の景気回復を願い、昭和7年(1932年)有楽町の商店街の旦那衆がビクターレコードに作成を依頼した「丸の内音頭」が始まりでした。
日比谷公園では5日間連続で盆踊り大会が開催され、大賑わいだったとか。
これを見たビクターは次の年、全国に広げるために歌詞を変え「東京音頭」と改名してラジオで全国に宣伝したおかげで広まり、「はぁ~」で始まる特長的な歌いだしとも相まって大ヒット&ロングランとなります。

2003年以降は、日比谷公園の盆踊りで毎年、外国人も含む多くの人が踊る光景も有名になりました。2018年に亡くなった日比谷松本楼の前会長は、「いつか東京オリンピックで盆踊りをやりたい」と自民党の国会議員に頼んで回っていたのだそうです。
コロナ禍でなければオリンピック選手団を巻き込んで、世界デビューのチャンスでしたのにね。

日比谷公園に東京音頭の喧騒が少しでも早く戻ってほしいものです。
その流れで銀座コットンクラブの店内が浴衣姿でいっぱいになったら嬉しいです。


銀座コットンクラブ
代表 山本広和
ママ 河野瑶子(ようこ)
スタッフ一同